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高滝町会が町会の組織を大きく改革!

高滝町会で反乱が起きる?【 町会の組織を大きく改革!】

3月28日
◆ 高滝町会の役員の引継ぎが行なわれた!

  • 新役員が燃えており、楽しみな一年になりそうだ。
  • 馬場組の反乱で一時はどうなるのか?懸念されたが今のところ順調に進んでおり、仮に問題が起きたとしても宿題になっている案件は、新旧の役員で協力して対処することで話しが決定した。
  • 3月25日に馬場町会が市原市連合町会長会で正式に承認されていることから、馬場町会も高滝町会に不満があったとしてもこれ以上の動きが取れないと判断して、一段落したと解釈するのだが、旧高滝町会の役員の中にはもう一波乱あるのではと心配している人もいる。
  • 新高滝町会の新役員の運営に期待するところだ。

3月5日
◆ 高滝地区9町会+新町会(反乱組)の10人の高滝地区役員会2度目が開催される!

  • 地区会長を決めるための役員会であるが、地区会長他の役員が2度目の役員会で決定した。
  • 10名の中から高滝地区代表町会長に、お馬鹿と言われる反乱組の代表の佐久間が、未だ市原市連合町会長会で承認もされていないのに断ることもせず代表町会長を受けてしまったことから、巷ではやはり常識を知らないお馬鹿だと噂されているが、当の本人はそれすら分からない状態で、地元の良識ある方々が来年度の町会を不安視する話である。
  • 加茂地区(32町会長)の中で、4地区会長の一人が加茂地区連合町会長となるのであるが、ここでも面の皮の厚い佐久間がどう出るのか面白がって見ている人と、加茂地区がどうなってしまうのか心配する人で意見が分かれている。
  • 高滝地区の代表ともなるといたるところで挨拶等しなければいけない立場であり、加茂地区連合町会長となると、市原市連合町会長会議に参加しなければいけないことから、かなり要職でありそれなりに頭が回転しなければ出来ない筈である。恥をかくくらいでは収まらないことである。だから面白がっているのである。

2月20日
◆ 高滝地区9町会+新町会(反乱組)の10人の地区役員会開催される!

  • 地区会長を決めるための役員会であるが、地区会長他役員が決まらないまま解散した。
  • 10名の地区町会長が今年は不作で、大したメンバーが揃っていないのである。
  • 加茂地区(32町会長)の中で、4地区会長の一人が加茂地区連合町会長となるのである。
  • 加茂地区連合町会長となると、市原市連合町会長会議に参加しなければいけないことから、かなり要職となる。

2月16日
◆ 市原市長 佐久間 隆義氏に高滝町会執行部が意見確認

  • 新高滝町会を発足するにあたり、今後様々に予測される市原市との関係事項を確認する内容を話しあった。
  • 町会長制度と役割・任期の件
    地区町会長・地区連合町会長・市原市連合町会長制度の件
    圏央道の件・中房総計画の件・振興エリアの件
    加茂地区運動公園・振興エリアの件等を、30分という短い時間の中で市原市長として考えていることを確認した。
  • 話し合いの中で、高滝町会の我々に対し圏央道を反対しないで協力をしてくれと言った市長に、執行部の一人が噛み付いて、どこが反対しているんだ!十二分協力している。不確かな情報を、市長として確認もしないで口にするな!と興奮する場面もあり、市長が撤回した。残念ながら副市長で国交省からきている西井副市長に会いたかったが議会の打ち合わせ中ということで会えませんでした。そんなところで時間が来てしまい引き上げたのです。
  • その後高滝町会の新組織内容を説明するため、市民生活支援課に寄り、市民生活部高橋部長と佐久間次長のところでも会談してから、土木部道路建設課課長山仲氏のところに寄ってきた。
  • 何故なら、地元高滝町会の中で非常識な質問やクレームをつけた平野氏が、5社会談に参加している市原市の山仲課長のすぐ前に座っていて、尚且つ圏央道対策室室長實籾氏の席とすぐ傍にいることを目で確認する為と、いたら話をしようと寄ったのです。
    近くも近くすぐ傍に座っていました。なのに、我々役員のやっていることも、圏央道の情報が分かっていない事に不満を直接ぶつけてきたのです。
  • 目的を全部達して市役所をあとにしました。

2月14日
◆ 2月14日、新高滝町会結成決定! 反乱組沈没?

  • 高滝町会総会が、懸念した反乱組の反撃も無く無事終了した。
    町会長が冒頭の挨拶で、自分が逸脱行為をして、反乱組の新町会申告書類に署名捺印を無断でしてしまったことを謝罪し、総会参加者全員に反乱組を承認したことを発表。並びに執行部は最大限の努力をしたが説得が出来なかったことを釈明して総会に参加している人を抱きこんでの説明に反乱組の反撃の手が緩んだことも含め、流れが執行部に傾いたことも事実である。
    また、町会執行部の捨て身の態度を事前に察知した反乱組の中の一人が、馬鹿な反乱組の責任者に『 もう無駄な抵抗をすることは諦めて潔く行こう 』『 いつまでも子供みたいに駄々をこねても仕方が無い! 』と言ったと聞いた。
    そのことを言ったNが一人だけ素直に一番先に立ち上がり、総会参加者に対して、『 長い間お世話になりました。』と挨拶をして退席をしてしまったから、他の馬鹿共が呆気にとられ、後に続かざるを得なくなってしまった。
    何か文句を言う積もりでいた馬鹿共も、顔では言いたげな態度をとっていたが、ぞろぞろと引き上げて行った。
    執行部全員が、起こるであろうと思っていた反撃を想定して、事前に打ち合わせ準備したところの場面がなく、ホット胸をなでおろしたことは事実である。
  • 以外にも反乱組が最後の足掻きをするかと思いきや、何の抵抗も無くあっさりと引き下がり、総会が速やかに進行して、新高滝町会会則も全条項改定された。
  • 新高滝町会役員も全て決まり、現執行部の役目も終わり肩の荷が下りた。
  • 後は3月の引継ぎを待つばかりとなった。
  • 新体制に慣れるまでには多少の時間は掛かるかも知れないが、今まで以上に物事の決定が速やかに出来、補佐役がそれぞれに配置され、役員が欠席する事態が起きてもすぐに対応できるようになった。
  • 新高滝町会組織
  • 各第一・第二町会長(どちらかが連合町会長)
  • 各第一・第二町会長にそれぞれに補佐が1名
  • その下に各組合長が2名配置
  • その下に各組合長補佐が2名という誰かが必ず補佐できる体制となった。
  • このことを踏まえ、2月16日今後の高滝町会対市原市との関係について、最後の整理事及び今後の高滝町会の方針、今抱えている高滝町会の問題解決の為、現執行部3名が市原市長・佐久間隆義氏と会談予定である。

2月12日
◆ 2月11日、高滝町会役員と反乱組の話し合いが決裂した。

  • 2月14日の総会に向けて、総会を無事に迎えようとして、最後の話し合いを行なうも交渉決裂。
  • 何を言っても聞こうとしない反乱組に対して、高滝町会執行部は交渉を諦め、実力行使で総会を乗り切ることとなった。
  • 何が起きるか予想もつかない総会に執行部では、全員が腹をくくって望む決意をした。
  • 結果が楽しみである。

2月10日、高滝町会の役員会が行なわれた。

2月8日
◆ お粗末な事件が起きていた。

  • 現高滝町会長が、反乱組の一人に騙され署名捺印していたことが判明した。
  • 新町会を立ち上げるため、市原市の町会長連合会に提出書類の添付書類として、近隣町会の承認の書類が必要なのである。
  • その書類を現高滝町会長のところに持ってきたのが、今回の反乱組の中で一番面の皮が厚く、頭の回転がよろしくない佐・・である。
  • この佐・・は、今から5年ぐらい前に高滝町会町会長の決め方が、4つの各組の持ち回りで、各組に全てを任せていたときに、今回の反乱組を出した馬場組が順番のときに、無責任な馬場組が次期町会長として名前を出したのです。
  • その時に、他の組の町会員から、馬鹿を町会長にしてどうする。
    高滝町会の恥だ!と批判が出て、その時の町会長の決め方が、年の順・家の順・各組持ち回り制度に問題があり、誰でも良いという町会長の決め方が見直され、選挙制度に変わって来たのである。
  • そのお馬鹿さんに、まんまと騙されたのだから始末に終えない。
    お馬鹿にも劣る、お人好しの町会長としか言えないのである。
  • しかも、書類の内容も確認しないで署名捺印をした責任は、町会長として逸脱行為であり、責任を免れるものではないとして、町会長が役員を招集して謝罪をする羽目になった。
  • お馬鹿さんが町会長のところに来て、新町会を立ち上げるため、市原市に提出の書類が必要だからと言われただけで、素直に署名捺印をしてしまったのである。
  • 以前から我々が言っているように、この地区の人たちは、押し売りが来ても、お茶を入れて『ご苦労様です』を言ってしまうほどのお人好しの地区なのです。
  • ところがその書類には、重要な内容が書かれてあったのである。
  • 今まで7人の正会員が反乱を起こしたのだが、そこに2人の準会員の名前と高滝町会に入ってもいないメンバーも加えて、合計10名が連盟で新町会を立ち上げるようになっていたのです。
  • 誰も知らなかったのです。署名をした町会長すら、内容を確認していなかったのです。

2月7日
◆ 高滝町会の役員会が行なわれた。

  • 臨時総会が2月14日に開かれるための打ち合わせと
    会則の大幅な変更、素案の打ち合わせの為である。
  • 執行部では全員の了解をもって見直し完了となった。
    過去の高滝町会は、86世帯によって構成されていたが
    7世帯の反乱組により、79世帯となる。
  • 反乱組に対する処分も同時に検討された。
  • 14日の総会を前に、
    7世帯に対して整理しなければいけないものも
    全て検討され、総会の進行についても細かく検討し
    3時間以上に亘って万全な対策が練られた。
  • また、反乱組の連中も新町会を立上げ、
    申請等に時間を費やし着々と進んでいると聞いている。
  • しかし、伝わってきている内容を聞くと、
    先走って町会の立上げばかりに気がいっていて、
    今後に起きる様々な他の問題に気がついていない。
    高滝共同墓地や駐車場の土地の件など、
    これから各種で揉める事が読めていないのである。
  • 新生高滝町会の発足まであと一週間、最後の攻防となる。

1月23日 
◆ 反乱組、また一人脱落!( 前回に続いて、また一人戻ってきた。 )

  • 高滝町会執行部に連絡があり、反乱組に別れの挨拶をしてきたので、自分も元の仲間に加えて下さいと、また一人戻ってきた。
  • 我々の始めの予想した通りになった。これで高滝町会に残るメンバーが8名で、反乱組が7名になった。
  • 本日、夜7時から役員会が行なわれ、新しい高滝町会に向けて、会則の変更や今後の予定や反乱組に対しての処分について話し合いが行なわれた。
  • 高滝町会の貯金や財産の精算、街灯の取り外し、ゴミステーションの使用禁止、子ども会・消防・老人会など関係したもの一切の縁切りなど、厳しい態度で臨むことが決定した。
  • 2月14日の総会で発表され、その後は戻る方がいたとしても受け入れることは一切しないで、新生高滝町会がスタートすることになる。
  • 反乱組も、本日集会が行なわれたようだが、今更何の打ち合わせなのか? 高滝町会の執行部では、誰一人、気にしたり同情する話しは出なかった。

1月19日 
◆ 反乱組の行動に、乱れが起きている!( まとまっていたと思っていた9名の中で、反乱が起きた。 )

  • 高滝町会役員会の反乱組に対して毅然とした対応に、反乱組の中から反乱が起き、本日付で高滝町会に残りたいと馬場組の組長に連絡が入った。
  • これで高滝町会に残るメンバーが7名となり、反乱組が8名になった。
  • 当初執行部の予想【 高滝町会に残るもの( 8 )、反乱組( 7 )で反乱組が馬場組の過半数より少ない 】に、段々近づいて来ている。最終の処分日の2月14日までに、まだまだ波乱があると見ている。

1月16日 午前10時〜

  • 高滝町会役員会が、本日の午後1時〜の、執行部対馬場組との話し合いを前に打ち合わせを行なった。結論はあくまでも、反乱組として扱うである。

◆ 反乱組、高滝町会離脱決定!( 執行部と馬場組の最後の話し合いも無駄 )

1月16日 午後1時〜

  • いつまでも煮え切らない反乱組、ああすれば良かった。こうすれば良かったと、くり返すだけで、解決案をハッキリと提示せず、うだうだと言っているばかり、時間をいくら掛けても答えすら出ないまま、交渉決裂。

◆ 9名の反乱となった。残り77名が新制高滝町会に向け前進!

  • 今後のことを一切考えない反乱組に対し、執行部の結論は一つ、もう今のまま続けていくことが不可能、であった。
  • 勝手にやればいい、好きにすればいい、一切高滝町会とは関係ない。とした執行部は次回の役員会を1月23日夜7時〜として、それまでにこれからの新生高滝町会の原案の作成に取り掛かることで前向きに進んだ。

1月16日午後7時〜

  • そして馬場組と一番関係ある柏野組の集会が行なわれた。2時間半にも及ぶ会議となったが同調する者は一人も出ないで、柏野組と残った6名とどの様に今後やっていくのか?の議論で新年会はどうするのかと来年の新年会を話す場面もあり、かなり前向きに進んでいった。
  • 今後の町会の予定は、今月中に執行部が、新生高滝町会の原案作りをして、2月14日に承認式となる。

◆ 待ちに待った初集会、反乱組の抵抗に町会員が動揺?

1月11日

  • 打ち合わせが済んでいる執行部、その執行部に対して、馬場組の反乱組に同情するメンバーが出て来た。
  • 少し、執行部の対応が厳しいのではないか、今まで長い年月一緒にやってきたのに何故けんかをするのか、もう一度仲直りが出来ないのか、などの意見も出て来た。
  • しかし、執行部は意見が一致しているため抗論となり、個人的に攻撃する場面もあったが、全体的には、馬場組の反乱組を認めるわけにはいかない方向で決着。
  • 反乱組を先導している者が、市役所OBであることから、現市原市職員らが同情していたが、この先導者が、うそを平気で正当化してしまう位の輩であり、言葉巧みに話しをすることから、本件の経緯を知らない人までが、騙されるといけないということを考慮して、執行部で出した回答が下記の方法である。
  • 高滝町会全体の中で、協議することではないとして、執行部が一旦本件打ち切りを打ち出し、後日、馬場組対執行部の話し合いをすることで本件保留として、初集会を終わらせた。
  • 市原市行政OBと学校の先生が最後の抵抗するも、執行部では誰一人同情する人はいなかった。
  • 今度の土曜日、16日午後1時から、執行部対馬場組の話し合いが行なわれるが、すでに執行部は反乱組の意見を聞く気は全く無く、言い渡しの場となる。
  • 執行部に対してと執行部の人たちまで、自分がうそをついているのに、逆にうそつきだと言い切った先導者に対して、執行部では厳しい処分を考えている。

◆ 1月11日高滝町会の初集会開催される!

1月9日

  • 1月11日AM10:00から予定されている高滝町会の初集会で、反乱組の反撃が予想されることから、9日午後2時から執行部による、初集会前の最後の打ち合わせが行なわれた。
  • 全ての役員が、反乱組の反撃があった場合は、その時点で初集会を解散して、反乱組のいかなる発言も一切受け付けないことで決定した。
  • あくまでも反乱組扱いで、集会場やゴミステーションなどの使用は有料化するか、使用禁止にして高滝町会とは一切関係ない者として扱うことで決定した。
  • 今まで一緒にやってきた仲間として少し酷ではないか?と言う意見も出たが、示しがつかなくなることと、今後のことを考えるとそれも止む無し、とすることで一致した。
  • カウントダウンに入ってきた、決戦の11日、とても楽しみである。

◆ 全ての組で初集会が終わり、反乱組がハッキリと区別される!

1月6日

  • 馬場組の集会が終わり、結果が出た。当初の予想の最終的に反乱組は7名前後に絞られると思っていたが、9名が反乱組となり、6名が高滝町会に残ることとなった。
  • 未だ減っていく可能性はあるものの、これ以上執行部では手を打つ必要があるのか?と言う声が出て、勝手にしろということになった。
  • 反乱組9名が、1月11日の初集会で異議を申し立てて、何とか自分たちを正当化しようとする動きに出ることが伝わってきた。
  • このことについては、執行部では想定内のことであり、以前の役員会で、反乱組が何か行動に出た段階で初集会を解散し、反乱組の意見は何一つ取り上げないことで打ち合わせが済んでいる。
  • 役員が、決算の報告やその他の報告での打ち合わせの為、1月9日に役員会を予定している。
  • 最後の決戦に向けて、高滝町会の歴史に残る攻防となるのか?それとも・・・どちらにしても結果が楽しみである。

◆ 波乱の新年を迎えて、高滝町会内で最後の攻防?

1月4日

  • 1月11日の高滝町会の初集会を前に、1月2日( 宮下組 )、3日( 宮原組 )・( 柏野組 )、4日( 馬場組 )各部落の初集会が開かれた。
  • 馬場組の内容は伝わって来ていないが、それ以外の3部落( 75世帯 )は、新しい役員も選出して、改革案でスタートをして行くこととなった。
  • 一部に問題を残すものの、新生高滝町会に期待する意見で落ち着いたと見ていいのではないかと思う。
  • しかし、このまま1月11日の初集会が無事に終われると執行部は考えていない為、その前に役員会を開くことになっている。
  • 執行部では、馬場組の反乱組に対しては、厳重なる処分を検討中である。
  • 結論が出るまでの1週間、最後の攻防で慌ただしくなることが予想出来る。楽しみである。

◆ 執行部の結論が出て、反乱組に処分が下される!

  • 12月23日、執行部の集会が行われ、高滝町会としての威厳を維持する為には厳しい処分で望むと決定した。
  • 既に、宮下組では役員を選出して次年度に向かって進む方向性を決定しており、宮原組も柏野組も同じ動きである。
  • 馬場組の改革反対派に対して、決定した内容は、集会場は馬場組の物でなく町会の物なので、使用に関しては一切の使用を禁止、その他財産的な物は放棄したとする。共有していたゴミ箱等についても使用を一切禁止、子ども会・消防・老人会等も一切、別にする事とした。
  • 町会とは切り離し、準会員扱いとし協力費の徴収は当然として、決め事やその他の事については、一切の参加を認めないものとなった。
  • このことで、馬場組の反乱組の中から、今まで以上に反発が起きて、抗議があっても一切妥協せず、高滝町会としての決定とすることで話しが進んだ。
  • 決定したことを書面にして回覧することも決定した。
  • 益々追い込まれる反乱分子、年明けの初集会( 総会 )を待たずに波乱が起きる年末となった。以前よりももっと楽しくなってきた。

◆ 執行部の動きが本格的になり、反乱組が追い込まれてきている。!

  • 12月16日、執行部が反乱組だけでなく、改革反対組にも呼びかけをして、改革を確実な方向に進める為に動いたことで、改革派が全体の3分の2以上となった。
  • 始めのアンケートの結果は、改革賛成派44世帯、今まで通り選挙6世帯、改革反対派32世帯、体制有利に従う3世帯、であった。その後、柏野組6世帯、馬場組1世帯、宮原組1世帯、宮下組1世帯、が改革派に回った為、改革派56、改革反対派23、(馬場組以外での苦情とか執行部への反乱は、一切起きていない。)となっている。
  • 馬場組の15の中で、改革賛成派が4世帯、今まで通り選挙4世帯、反対派6世帯が始めのアンケートの結果であった。集会の雰囲気で仕方なく反乱するに手を上げたものの、元々改革派と今まで通り選挙派が8世帯いたため、反対派は7世帯であった。反対派以外の方は、反乱をしようなどとは考えていなかったのである。
  • しかし、手を上げてしまったため、反乱組として執行部が見ている方で残っている世帯があと9世帯になっているが、まだまだ減っていくはずである。
  • どんどん追い込まれる反乱分子、年明けの初集会( 総会 )が楽しくなってきた。

◆ 執行部の呼びかけに、反乱分子側の体制崩れる!

  • 12月15日、裏切った馬場組13世帯に対し、執行部役員が反撃に出た!
  • 反乱組の中心人物を取り巻く3名以外は、何となく流された感があると読んで、執行部が反撃の対象にしたのは、流されたメンバーを一人ずつ崩して、始めに反乱を企んだ連中だけを孤立にする作戦に出た。
  • そして、隠密裏の行動した結果、本日だけで3名を切り崩し、残りが後10名となった。まだまだ攻撃の手を休めず、何とか今月中には、完全に半分以下まで持っていき、反乱者を7名前後にして、世界各地で起きている、政府軍と反乱軍と識別して、責任を取らせる方向で進んでいる。ただしここは日本の中なので、処分についてはこれからの課題となる。
  • その他、残りの3組の宮下組( 21 )宮原組( 15 )柏野組( 35 )の中の、改革反対組も考えを改め、大きく改革を望む声が日に日に増えている。

◆ 町会内の一部の人と執行部に新たな動きが出た!

  • 12月14日、一部の反乱分子を出した馬場組を代表する役員が、責任を重く受け止め、反乱分子と行動は一緒に出来ないとして、離脱して高滝町会の正会員から準会員になる旨を執行部に提出した。
  • 今回のことを役員の責任として片付けるのではなく、反乱分子に対しての処分を考えようとする動きも出て来た。
  • 自分だけが、町会の執行部のやり方が気に入らないとして、町会を離脱するならばいいとしても、他の人たちを巻き込んで反乱を起こしたことは、いくら自主運営の団体とはいえ、会則まで作成され、会則に沿って運営をしている以上、何らかの責任を取らせるべきであるとして、役員が本格的に動き出した。
  • 高滝町会の過去を見てみると、市原市に合併する以前、高滝町会ではなく、加茂村高滝区として、当時、区長の時代から区長を誰がやるかでもめていた記録も残っている。

◆ 決定した高滝町会の組織改革に町会内で反乱が起きて、町会内を3つに分割か???

  • 12月12日、何処にもいる訳がわからない反対派!!折角決まった改革案に一部の反乱分子が石を投げ行動を起こした。
  • 2つ分けて小回りが利くサイズで、対外的には一つでいくと決めた執行部に対して、元市役所に勤務の行動・活動には協力しない、いつも能書きを言っていたふざけた奴が、味方を3人にして自分が所属する馬場組15世帯に対して行動を起こし、12日の夜に馬場組の集会を開かせて、大人しい執行部役員一人に責任を追求し迫り、馬場組だけの15世帯の新町会を結成する案を提案して可決され、独立して馬場町会としていくことを決定した。
  • ところが翌日の13日、15世帯の中の2世帯が、よく考えたが勝手者と一緒にやっていけないと考えを改め、馬場組が高滝町会から分かれるなら一緒には行動をしていけないとして、由緒ある高滝町会に残っていくこととした。
  • 残りの3つの宮下( 21世帯 )・宮原( 15世帯 )・柏野組( 35世帯 )は、今回の馬場組が反乱を起こしたことでの新たな動きは全くなく膿が出ただけだとの見方が大方である。
  • 13日の夜役員会が行われたが、執行部の意見も残りの3つの組の世帯数が、71世帯あるので、35世帯と36世帯の2つになっていくことについての変更は一切無し。むしろ煩わしいのが居なくなって良かったとした。
  • 将来的には、4つに分かれることが一番話し合いがやり易い事が見えているだけに、4つになる可能性も無くはない。元々4つであったものが、いつの時代か統合された経緯がある。4つになったとしても、別に元に戻るだけだという人もいる。年内に波乱があるのか?それとも年を越してしまうのか?どちらにしても結論は、1月11日には決定する。

◆ 12月5日の役員会で、高滝町会全員から集めたアンケートを集計した結果、高滝町会が大きく組織の改革をする方向で決定する!!

  • 町会全員の過半数が現在の町会の有り方に不満があり、新生高滝町会が来年4月からスタートすることで決定し、役員全員が承認した。
  • 12月6日にアンケートの集計結果報告が作成され、12月7日から全町会員に回覧される。
  • 来年の1月11日の総会( 初集会 )で内容の全てが承認され4月からスタートする。
  • 新生高滝町会は、対外的には高滝町会として名前は残すものの内部的に組織が大きく2つに分かれ、末端までの連絡がきちんととれ尚且つ小回りが利く体制になっていく。橋を堺にして第一・第二高滝町会としそれぞれに町会長が誕生する。2人のうち一人が代表町会長(連合)になることで対外的には代表町会長が責務を果していく。問題が発生したときには2人の町会長が力を合わせて解決していくこととなった。全員参加の総会は廃止になり、それぞれの第一・第二の中での小分割された総会で意見のまとめをしていくこととなり、総会が今までより開きやすく、今まで以上に全体の意見がまとめやすくなり、末端の意見まで取り込める体制となった。慣れていくまでには多少の時間が掛かるが、全体に小回りが利くので馴染んでしまえば全体の責任を含め役員の持分が楽になってくる。代表町会長(連合)が出来ることと町会長が2人いることで、今までより対外的にも仕事の内容が分担できることとなる。


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