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実話・圏央道2

実話・圏央道2

【 H 6〜H 17/8 】・・・超詳細版・・・

我々田舎の山猿は、金も権力も無く、苦しい戦いを平成4年から現在迄(まだ、進行中)、19年以上して来ているのです。いったい、いつまで続くのか?

圏央道についてもっと良く知りたい人は、下記より

第一章 始めの紛争

  • 我々は圏央道を絶対必要?と考えています。反対派ではありません。

圏央道は、調整区域の問題が起きたとき(平成6年)から戦いという、常に我々に試練を与えてきています。国の政策事業なのだから、もっとスマートにやっていただきたいものです。

【 調整区域の問題 】の詳細は

 地元4200人の94%が反対書面!  

この調整区域問題では、地元20町会4200人の内3973名が反対の署名をして、1年半をかけて、行政と戦ったのです。

過去にこれ程大きな戦いは、この地区では例を見ません。

過疎の我々の地区に、『 夢の架け橋・圏央道 』をうたい文句で出てきたのに、調整区域を掛けるとは、常識で考えられないのです。

その後、平成7年に調整区域の問題で、和解が成立してから、圏央道の内容が湾岸調査事務所から千葉国に移りました。

第二章 2度目の紛争  

  • (我々は圏央道を絶対必要?と考えています。反対派ではありません。

 話し相手は湾岸調査事務所から千葉国に!  

千葉国道事務所へ移ってから我々との話の内容は、環境アセスの件、関連道路の件、インター周辺の件、SAの件、国道297号の件、牛久の米沢の交差点の件、409号線のバイパスの件等でした。この時期の窓口は調査課佐野課長でした。

千葉国道事務所と市原市南部地区の間で、平成17年6月まで、10年間それぞれ各責任者による話し合い、並びに地元説明会(出席者多数)が、かなりの回数で行われて来ました。

それぞれが地元の意見を真剣に受け止め、なんとか実現に向けていろいろと、調査もするし反映出来る様に、勉強して話し合いに臨んできてくれたものでしたが、いい話には到底程遠く、雲をつかむ程度のところまででした。

その後平成8年に、千葉国の担当が代わり、調査課佐野課長から高松課長になりました。以前の課長より、もっと前向きに地元の事を考え検討してくれました。このとき初めてSAの件の話しが、少し前に出たのです。

このまま行けば良かったのですが、その後また人事異動がありました。

次の課長に平成10年に、バトンタッチしたのです。引継ぎが上手くいったのは、ここまででした。・・・

高松課長と違って引き継いだ大野課長は、その後我々に対して、初めのうちはきちんと対応をしている様に思えたのですが、実際は、全く違っていたのです。

地元にとってメリットのあるSAを計画してくれているものだと、思っていたら
日本道路公団にとってのSAを計画していたのです。

日本道路公団(JH)は、その後民営化され、東日本高速道路、中日本高速道路、西日本高速道路株式会社となり、( NEXCO 東日本、NEXCO 中日本、NEXCO 西日本と呼ばれています。)ました。

やはり我々は騙されたのです。

それが、解ったのはそれから何年も経ってからでした。

なぜ解ったかと言うと、この大野課長がその後、関東地方整備局に転勤し、その後を引きついた千葉国の降旗課長との話し合いが、あまりにも我々と食い違い、トラブルがおきたのです。

前任の大野課長に連絡をして、以前と話が違うので後任にきちんと引継ぎをしてもらい、解決を計ろうとしたときに、大野前課長が電話口で言った言葉が、千葉国にいたときとはまるで違い、何事にも応じない馬耳東風の態度だったのです。

とても好意的と思っていたのですが、実際は違ったのです。引継ぎの内容がまるで違っていたのです。信用していた我々が馬鹿だったのです。

大野課長の後を引きついた降旗課長は、段々と千葉国の本性を現して来たのです。自分の考えではなく、国交省のやり方・考え方を忠実に守ったのでしょうか???

 話しが解らない千葉国の親分に苦情!  

そこで我々は、千葉国の頭になる霞ヶ関(建設省)と、関東地方整備局の千葉国の上司ならば、きちんと対応をしてくれるのではないかと思い、連絡をとりました。

そのとき出てきたのが、関東地方整備局の沓掛という方でした。この方は日本で1番忙しい方との事です?

沓掛という方は、「これからは、副所長を話し合いに出して、きちんと対応いたします。副所長クラスならあなた方の話に対応していくことが出来ます。」
と言ってくれたのです。

我々はこれで、これからの話し合いは、きちんと出来るものだと思いましたし、安心させられました。

そして出てきたのが、藤田副所長でした。

 問題はここから始まっていくのだった!  

いよいよ本編は、2度目の紛争になっていくのです。これから最大のやま場に突入していくのです。

藤田副所長は、降旗課長を引き連れて、我々のところに、何回も訪れました。もちろん打ち合わせです。

地元は、その都度多くの人を集めて、集会を行いました。いろいろな意見が出て、千葉国は、その中でも特に、SAの問題で、苦労していました。

それ以外の件(409バイパスの件、297の整備の件、インター周辺の件、米沢の交差点の件など)は、千葉県や市原市の各行政に振ってしまい、自分らが(千葉国)やるべきことでは、ないような話しに挿げ替えていこうとしました。

しかし、藤田副所長が出てきてから、どうしても我々の協力を必要とする、難しい案件が起きてしまいました。

圏央道の通過点に地元で、40年以上揉めていて解決していない、共有地(入会地)があったのです。157名の相続もしていない、白図のとてつもない用地でした。

これは、40年以上、千葉県の土木が県道の拡幅の為に努力をしてきたのですが、境界の問題で、4者の間で揉めていたのです。すでに出来ていた県道鶴舞馬来田線(未登記道路)、の千葉県が管理者と杉山氏一派と石井氏と地元(157名)が、境界を巡って争っていたのです。

過去40年間に何10回と立会いをやってきたのですが、全て不調に終わっていました。

 過去から現在までの経緯!  

地元の代表で(157名名義の共有地)動いていたのが、今は亡き戸沢氏で、亡くなる3日前に、今回の地元代表の我々に全てを託したのです。

病院に見舞いにいった我々に、「 自分ではやはり、解決は無理だった、お前らなら、何とかしてくれるだろう、後は頼む 」と、病院のベッドで言ったのです。

それが遺言となってしまったのです。指名を受けた我々は、早速、地元で会議を開き、共有地(入会地)157名の名義人を調べました。


この共有地(入会地)は、不入、大和田、高滝の3町会にまたがっており、3代から4代に達していました。また、この土地は白図の中に4者が絡んでおり、枝番が複数あり簡単には解決出来る代物では、なかったのです。

 千葉国と千葉県と地元が協力?  

このことを、千葉国の藤田副所長に話すと共に、千葉県にも、話を持っていきました。なぜなら、圏央道と県道の交差点になるところなのです。

千葉県の責任者の井沢支所長〜手島支所長と、千葉国の藤田副所長は、地元の協力なくして、本件が解決しないところから、我々に役員会を設置して、解決する為に地元の取りまとめと協力を、くれぐれも宜しく頼むと言ってきたのです。

その代わり、『 SAを含めた地元との約束はきちんと守ります。 』とも言ってきたのです。
これが、我々を騙すための、『 あめ玉、人参? 』だったのです?

仮に本件(入会地問題)を、専門業者に頼んだら、何年も掛かるし、解決というところにいくことが出来たのか?場合によっては裁判にもなってくることもあるし、未解決で終わっても、かなりの費用も掛かるのです。それを業者に頼まず、我々をいい様にタダで使ったのです。

157名が3代に亘るとその何倍もの人に印鑑・書類を、貰わなければいけないし、又、現在の身元も調べなければいけない、とても大変・困難な作業なのです。しかもそれには地元の協力がなければ、全部を解決するには、いかに専門の業者がやったとしても、絶対に無理な事なのです。

 あめ玉・人参に釣られた地元?  

それ以外に、入会地の境界に、4者が絡んでおり、その問題も、杉山氏一派と石井氏の間では、喧嘩になっており、解決には両者が和解しなければ、とても解決できるものでは、なかったのです。 


特に千葉国藤田副所長は、我々との会合で、SAを含めた話し合いには、降旗調査課長を同行させるとともに、用地の件では金井用地課長を同行させるという最慮もしました。 

この頃は、我々も藤田副所長を含めた、話し合いの中で、我々地元がやることをやれば、自分らも約束を守っていくような話の内容でした。 

その時も『あめ玉、人参?』が、常に、目の前にぶら下がっていたのです。

我々は『あめ玉、人参?』に目がくらみ夢中で働きました。

必死で、相続157所帯の解決、境界の問題の解決に、自分の仕事もやめて、最大限の時間、最大限の努力をして、1年半の期間を掛けて、全てを解決をしたのです。

ご協力をいただいた方々に、この場で改めてお礼を申し上げます。
数々の無理難題に対しての御協力誠に有り難う御座いました。

平成15年の9月から、平成17年の3月まで、1年半、とにかく働きました。ところが、あまり一生懸命働くあまり、千葉国との話し合いが、おろそかになっていたのです。

我々も不安になり、藤田副所長と連絡をとり、SAを含めた話し合いを早急に進めることとしました。

このままでは、我々は何の為に働いたのか、単に利用されたのか。解らないのです。

急いで決めるべきことを、決めていきました。その内容は、用地の件、SAの件、国道297の件、409バイパスの件などでした。

それが決定したのが、平成17年の5月の末でした。

念願の『あめ玉、人参?』を手に入れたと、我々は手放しで喜びました。

ちょうどその時に、千葉国の所長が、野口所長から有田所長に替わったのです。平成17年4月の人事異動の為です。 

 そして起きた2度目の紛争!  

そして、起きたのです。それが、2度目の紛争なのです。

藤田副所長といろいろと進めて決めている時は、野口所長の時で、ほぼ決まった時時は、有田所長です。

その有田所長に了解を取って提出された図面、そこまでは良かったのです。

しかし、ビール券の話を藤田副所長がしてから、話の方向が変わって来たのです。有田所長が、全てを支配していることが原因のように、見えます?

 千葉国3つのいたずら?  

今までと言うことが、全て急変したのです。

【 まず1つ目は 】
金井用地課長が、『 おかげ様で杉山氏一派との契約が終わりました。ありがとう御座いました。 』の、一言が言えなかったことが、原因で、地元には杉山氏一派との契約が終わったのか、まだなのか、まるで、解らなかったことで揉めたのです。

電話の1本が、何故か掛けられなかったのです。我々も金井用地課長も、携帯電話を持っており連絡が出来ない事が、今の世の中では考えられないことなのです。

【 続いて2つ目は 】
約束をしていた用地の買い上げ価格を、いきなり下げてきたのです。(お互いが書面で決めていた基準値6100円/屬5500円/屬法

この時が、野口所長から、有田所長に替わって2ヶ月目の事でした。

一人の所長が替わっただけで、今まで決めて来た事を、完全に無かった事にしようとしたのです?

【 そしてとどめの3つ目が 】
平成17年7月の半ばに電話をして来て、8月10日に地元にきちんと挨拶に行きますと、藤田副所長は我々に言って来たのです。

「 今、3社の測量会社の作業が一段落したので、3社を連れて8月10日に、伺います。」と言ってきたのです。

今までお世話になった件、並びに我々に迷惑を掛けた件、用地買収が完了した件も含めてきちんと整理します。
とも言ってきたのです。

その後、平成17年8月10日迄、連絡は何一つ無かったのです。当日、我々は約束の時間に役員が揃って、今来るか、もう来るだろう、と待っていました。

約束の時間が過ぎて、30分、1時間、2時間と連絡も無く、事故でもあったのか、何か都合が出来たのか、でも何かあれば約束していることだから、連絡の一つも入るだろうと待っていたのです。

まして前回、金井用地課長が連絡を入れないで揉めたことがあったばかりです。まさか、1ヶ月も経たないで、また約束は破らないだろうと、疑うより事故の心配をしました。

3社の業者も連れてくると言っていたので、業者の名刺を探し、電話を入れてみました。

な、な、な、何と!!!!!業者の協立測量(のちに、この会社は、埼玉県の国交省の仕事で、埼玉の国交省の副所長に袖の下を使ったとして警察に逮捕されています。)に電話したところ、平成17年8月1日に『8月10日に地元に挨拶に行く件は、中止する旨の話を千葉国の担当者からいただいています。』と言うのです。

急いで千葉国に連絡を入れてみると、「 全員帰宅しました。 」との事、やられました!!!

全く連絡なしの土壇場でキャンセル( ドタキャン )なのです。あまりにもふざけた連中です。

夜の8時過ぎのことで、これ以上今どうする事も出来ず、仕方なく我々は解散しました。


よもや、まさかが、またまた起きたのです。信じられない事です。天下の国交省の役人が、前回の件も片付かないうちに、今度は測量業者まで、巻き込んで堂々と我々地元に嘘をついて、戦いの挑戦状を突きつけたのです。


そして翌日、我々は藤田副所長に電話を入れました。

しかし、ここまで地元を裏切って、再三嘘を付くとこまで、いってしまった人と、何を話しても結論は出ませんでした。

 千葉国藤田副所長が言ってきたこと!  

さて前回、書きそびれた件があります。事実を書き込むことが、誤解を防ぐことと理解して追記します。

『 3社の業者に、今までのお礼の気持ちとお詫びの気持ちを含めて、ビール券を持たせて挨拶に伺います。それを気持ちとして受け取って下さい。 』と藤田副所長が我々に言って来たのです。 

金井用地課長が、報告の電話が入れられず、地元の役員に、不愉快な思いにさせたこと、1年半も地元の役員が、仕事を犠牲にして、3区入会地の解決に努力したのに、手間代、必要経費も払ってもらえていない事等を、ビール券で、片付けようとしたのです。

157世帯のお世話になった人に、配ることも出来ないビール券150枚。

我々は、どうしたものかと考えました。

そして我々は藤田副所長に言いました。『せめてビール券を157世帯に配れる様にしてください。』と言ったのです。

そしてそのビール券の枚数の件は、藤田副所長に任せることにしました。

しかし、役員の10人近くが1年半働いて、それでは経費の代わりにもならず、挙句の果てにその他の約束も反故にされたら我々は単に利用されたに過ぎません。

しかしこのビール券の件も嘘をついたのです。
H17.8/10の待ち合わせの件です。とても馬鹿にされた、連絡なしのキャンセルで、「 何にも無し 」で、終わったのです。
(前回は、【 あめ玉・人参? 】今回は、【 ビール券 】です。)

 千葉国以外の国交省でも事件発生!  

今回、このページを編集中に、官僚による事件が起きました。

タクシーを絡めて、商品券・現金・ビール券などを官僚が、受け取った事件です。

我々は嘘をつかれて、受け取ることが出来なかったビール券、3社で150枚(各社50枚)を持って挨拶とお詫びに来る約束。

157世帯で150枚を分けることが出来ず、『 役員で分ければいい 』といって来た事を、『 我々はそんなことは出来ない、各世帯に配って余った分を役員で分けたいから 』と言ったが、結果は嘘をつかれて何も貰えていないのです。


官僚になると、キャリアであってもなくても、自分らに手落ちがあっても、自分達で謝ったり・訂正せず、他の方法を取れるのです。

自分らの手を汚さず業者を使って処理をしようとしたのです。

自分ら官僚は、いろいろ受け取っても、出すことは絶対無いのです。舌も出さない官僚?

 地元役員が怒りを露わに調停の場へ?  

結局、我々は騙され、いいように利用されたのでした。

役員会を開き、本件について今後どうするのか、話し合いました。結果は、今まで話し合いの中心をなしてきた地元の、執行部の役員責任で解決していくことになったのです。

そこで役員は、本件を千葉地方裁判所の、調停の場に持っていくことにしました。
なぜ裁判では無く調停か?というと裁判には、弁護士費用など、大金が必要ですが、調停なら安上がりだからです。

我々地元は、一年半ただ働きさせられ、手間賃も経費も貰っていないので(全て自腹で持ち出し)、裁判する余計なお金がないのです。

しかし、この裁判を調停にしたことが、我々に次なる試練を与えたのです。

実話・圏央道2は、ここまで!

この続きは
実話・圏央道3 でご覧ください。

◆ 実話圏央道シリーズは、平成17年8月に、ブログでスタートしました。
◇ その後、いろいろな経過を経て、現在のHP になっています。
◇文章にすると、なんの変哲もない、何処にでもよくあることです。

  • 国が悪さをして、庶民を犠牲にして、庶民を泣かす。
    国の立場と威厳を保つ為に、犠牲はつきものと言いますが ?・・・
  • しかしながら、我々の行動・活動も、全てそれに伴って、H4年からの19年間なのです。永い年月、
    この事に巻き込まれての、事実の話しなのです。決して他人事・作り話しでは無いのです。

◆ 【 注意 】
特に、付け加えておきますが

  • この【 実話・圏央道シリーズ 】は、事実に基づいた記録のぺージだと言う事を理解してご覧ください。
  • 個人の名誉を中傷的な表現等で、傷つけたり責めたりしているものでは、絶対にありません。
  • 世の中に、こんなに何度も何度も、騙されても騙されても、
    相手を信じて生きている人がいるという事実。
  • そんな田舎の山猿 ( 民、百姓 ) のことを、綴ったページだと解釈してください。

◇ 実話・圏央道2は、ここまでです。




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