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実話・圏央道4

実話・圏央道4

【 H 19/3〜H 19/7 】・・・超詳細版・・・
実話・圏央道3から続いています。

我々田舎の山猿は、金も権力も無く、苦しい戦いを平成4年から現在迄(まだ、進行中)、19年以上して来ているのです。いったい、いつまで続くのか?

第五章  2度目の紛争 ・リベンジ編???

  • 我々は圏央道を絶対必要?と考えています。反対派ではありません。

 地元でも大きな話題に発展!  

いよいよ本編は、確信に入っていきます。千葉国も21年供用を、大々的に発表してしまった為に、焦ってきています。
我々が霞ヶ関に行ったことも、多少影響してきたみたいです。


地元の代表3名は、事前に連絡を入れて、平成19年3月12日に、地元の杉田県会議員に会うことにしました。

以前から杉田県会議員陣営で、我々が圏央道を反対していると言っていた事を、確認に行ったのです。我々の活動が何の為に行なわれているのか。また、現在がどんな状況なのか。今まで一切コンタクトを取っていないので、杉田県会議員は半分も理解していませんでした。

我々の強い意志を伝えると共に、出来る範囲で応援をお願いしたのですが、ここでも、国会議員同様、期待が持てるようなところまで、たどり着けませんでした。議員が我々庶民の味方の様に思えるのは、選挙の時だけです。

 千葉国に動きがありも!  

前回の霞ヶ関に行った成果が出た訳ではありませんが、あまりに我々がいろいろと動くので仕方なくといったところで、千葉国に動きがありました。

地元の公民館で、平成19年3月24日千葉国と千葉県と市原市が参加しての第一回地元との和解に向けての話し合いが、行われました。

『 1回目の和解に向けての話し合い 』


参加者
千葉国 加藤業務推進室長、近藤調査課長、宮内用地課長他
千葉県・市原市からも複数名の参加 
地元は  県会議員をはじめとして大和田、高滝、不入の3町会の代表とその他多くの参加


和解に向けての話し合いかと思ったら、とんでもない事が起きました。

副所長が取り決めて作ってきたSAの図面を、近藤調査課長が、今までの経緯を覆して、『 書けと言ったから書いた図面です。 』などと言い出したのです。

これには、地元の武県会議員も激怒しました。もちろん我々も一緒です。つくり話にも限度があります。国交省の人間が、自分らで作った図面を、我々一般庶民が書けと言ったから、書いた等とよく言えたものです。


もちろんこの図面も下請け会社に、税金を使って書かせたものです。

税金で作っておきながら、尚且つこの図面は、藤田副所長が勝手に作ったものではありません。

後日談ですが、藤田副所長が、『 図面は、千葉国の有田所長も、ネクスコも承知をしています。了解を取り付けて提出したものです。 』と言っています。


腹の中が腐っています。頭の中も腐っています。こんな連中が、税金をむさぼっているのです。言ったことも遣った事も、すべて出鱈目なのです。

近藤調査課長は、3月いっぱいで転勤しました。転勤前に思い切った大嘘をついて、いなくなったのです。完全に惚けた官僚です。こんな輩でも税金で生きているのです。税金を払うのがあほらしくなってきます。

ここで、以前も書いてありますが、有田所長も嘘を付いたまま、転勤しているのです。役人は、嘘を付いても責任を取らずいなくなれるのです。

そのこと以外の話し合いは、我々と千葉国側ではお互いの主張が食い違い、今まで起きたことの再確認程度で、今後も話し合いはしていくとは言っていたが、次回の取り決めも曖昧でした。

 地元役員千葉国へ抗議するも!  

平成19年3月24日の和解に向けての話し合いが、あまりにも惚けた中身なので、我々地元の代表3名が、平成19年3月29日に直接千葉国に行くことにしました。

直接会ってどういう事なのか、出来ればこれ以上話し合いを、「 紛争 」という形から切り離すことが出来ないのか、申し入れをしたのです。

千葉国での話し合いは、加藤室長と前回の平成19年3月24日の話し合いで、参加者全員から非難をうけた、惚けた近藤調査課長が対応しましたが、依然態度は変わらず惚けた内容であり、とても解決に向けての方向性が見えてきませんでした。

その後、地元の代表一人( 開通式の件で反対した為に責任を感じている )が、自分に出来る限りの事で、今一度何とかしなければと、千葉国に連絡を取ったのです。

取らなければいけない事が、起きたと言ったほうがいいのかも知れません。

大和田地区で連絡も無しで、伐採の工事が始まろうとしていたからです。

全て地元無視という行動で出てきたのです。これに対して、平成19年4月16日と17日に代表が連絡を2日間に亘ってしたのです。しかし工事は止まりませんでした。

そして5月の連休に入ってしまい、長期に亘って千葉国と連絡が取れない状態になったのです。

 地元役員対策を検討!  

どうしたら、解決に向けての話し合いの継続が出来るのか。並びに解決策の方法がないのか。我々は役員会を開き検討しました。

結論1
今はいなくなったが、藤田副所長が初めから我々を、騙す計画で動いていたのか?

結論2
その後の千葉国のメンバーが、話を挿げ替えてきたのか?

その辺をもう一度、再確認することとなったのです。


その為には、藤田副所長に会わなければならなかったのです。ちょうど5月の連休で千葉国道事務所( 千葉国から何処に行ったか解らない )は、開いていないし聞くに聞けなかったのです。

しかし、役員の一人が、自宅なら調べることが出来るとの事、さっそく調べてもらう事にしました。

2日もしないで、自宅が分かりました。

そこで代表役員が、入院した話を聞いてから一度も会っていない、裁判所での調停事件以降会っていないこと、事務所の行っても出てこなくなっている事などから、自宅に病気見舞いを兼ねて行く事となったのです。

 地元役員藤田副所長の自宅に!  

平成19年5月6日の連休最後の日に、代表役員2人が自宅に向かいました。

いきなり訪ねて行った為に、始めはびっくりして『 今日は何ですか? 』と言って出てきた藤田副所長でしたが、以前会った時とは、人が変わって見え、逆にこちらが驚きました。

入院して大手術をしたことを、聞いていたのに別人に見えるくらい元気だったのです。

前回(平成17年8月10日の連絡なしのキャンセルの翌日の電話での会話以来)から1年半も音信がとれないこと、千葉国に行っても出てこなくなったこと、千葉国から何処にいったのか?などの話をして、どうしても会って直接確認をしなければならなくなったことを説明しました。

今まで、我々と会話をしたことが、全部利用して騙すために行われたのか?取り決めたことがたくさんあったので、全てに確認をしました。


藤田副所長からの回答は、

近藤調査課長の言った、『 図面は、書けと言ったから書いた! 』の件は?

『 図面の件は、千葉国の有田所長にも、ネクスコにも、きちんと了解を取り付けて、地元に提出したものです。 』と、はっきり答えました。

我々が働いて解決したのに、手間代・経費も貰っていない件については?

『 出す項目がない。 』

その為に、他の対策がビール券となったこと。そのビール券については?

『 ビール券については、各社50枚程度なら、常識の範囲なのでよかったのだが、各社100枚ともなると、常識を超えてしまっているため、持って行くことが出来なくなった。 』

『 調停の件も、騒ぎが大きくなり、自分で解決が出来る状態でなくなった。 』

など、いろいろと自分から進んで話をしてくれました。

しかし、今のままでは、藤田副所長が別の所(千葉国から異動している)に行ってしまっており、もう直接の会話が出来ないこと、今更どんなにいいことを言ってもらっても、解決にはならないことなどを伝えました。

我々を騙したんでないなら、後任者に連絡をして、解決出来る様に働きかけてくれるように話すと、

『 もう、自分は千葉国の人間ではないので、後任がどこまで聞いてくれるか解らないが、連絡はしておきます。 』と言ったのです。

取り敢えずこれ以上会話をしても、

『 騙していない、きちんとやっていた。 』

と言っている以上この場での解決が無理なので一旦引き上げる事としました。

 図々しい千葉国に動きなし!  

連休明けに、我々が藤田副所長の所に行った事が、当然のごとく千葉国に伝わっている筈なのに、何の連絡もありません。

やはり今度来た大庭所長は、傲慢な性格な方のようです?

 地元役員千葉国へ、逃げる大庭所長?  

3週間待っても何の連絡もないので、我々代表役員3名が、千葉国に様子伺いに出かけて行きました。

同じ行くなら少し早い時間に行って、大庭所長の顔でも見てみようと考えました。駐車場で千葉国のメンバーが、出勤してくるのを待っていると、運転手つきの、黒塗りの車が、玄関前につきました。

たぶん大庭所長ではないかと思い、我々役員は、話しかけたのです。『 大庭所長ですか? 』と、 

しかし、返事もしないで、逃げるように中に入って行こうとしたのです。間違いなく大庭所長と判断した我々は、『 所長、こそこそしないで、きちんと話をしましょう。このまま、喧嘩をしながら、一方的に圏央道を進める気ですか。 』と言ったら、

『 担当と話して下さい。 』の一言を言ったきり、逃げるように中に消えてしまいました。

『 担当と話して下さい? 』何が担当と話して下さいだ!自分の部下に任せていないで、うるさく口出しをしているのに、とても楽な言い訳です!相手に対しては、コソコソとしているのです?

キャリアの本質なのか?それとも、ふざけたキャリアの部類なのか。我々底辺の人間など眼中にないのか?堂々と話をすればいいのに、情けない「 陰険・臆病者 」のように見えました?

ところが、この陰険・臆病者に見えた大庭所長が、とんでもない行動に出てくるのです。( そのことは、今は記しませんが近い時期大きく掲載されることになる。 )


その後、担当として前回説明会で会った、加藤室長、宮内用地課長らと話をしたのですが、なんら進展せず意味のない話し合いでした。

しかし、以前から記して来たように、圏央道は、21年供用と発表しているので、このままではいけないことを、一番懸念しているのも千葉国なのです。

 地元を虚仮にする千葉国、諦めない地元!  

平成19年6月9日に、その後の、地元の代表の度重なる説得で、『 2回目の和解に向けての話し合い 』を開催したのです。

『 2回目の和解に向けての話し合い 』


参加者
千葉国 加藤室長、永江調査課長、宮内用地課長他
千葉県 平林氏、山本氏、深山氏
市原市 杉原室長と実籾氏
地元  大和田、高滝、不入の3町会の代表をはじめ多くの参加


その話し合いの中で、今まで、嘘を付いたことについて、一言謝らなければ、我々は全ての事を協力出来ないと強く申し入れました。

加藤室長は、『 謝ってもいいけれども 』というものの、一向に謝らないのです。

とうとう2時間以上 『 謝ってもいいけれども 』『 謝ってもいいけれどもでは、謝っていない。 』 と、お互いの主張を繰り返すだけで、話し合いになりませんでした。無駄な集まりでした。これも大庭所長の指図なのです。

何とも強情な連中だと思いました。

以前にも書いたが、我々の事を、雑草かゴミくらいにしか思っていないのです?

同じ人間なのに、自分たちは、国に勤めているというだけで、特別な人間だとでも、思っているのでしょうか?

我々にも意地・面子があります。ここで、引く訳にはいきません。一年半も無償で、騙されて働かされて、あめ玉・人参、並びにビール券まで反古にされては、気持ちがおさまりません。

せめて、あめ玉だけでも、手に入れなければ、圏央道が来ても、単なる通過点であり、地元の活性化対策に何も役立たないのです。


謝ることが、どうしても出来ない千葉国に対して、謝らせる証拠を突き付ける為、何かいい方法がないか?役員で打ち合わせを行いました。

こんな、埒の明かない説明会、こんなことはもう、「 うんざり 」です。藤田副所長の所に再度行って、何か今の千葉国のメンバーを、ぎゃふんと言わせられるような方法がないのか、元の状態に戻せる方法はないのか、相談をしに行く事としました。

 地元役員・再度藤田副所長の所に!  

なぜ藤田副所長に話しに行くことが必要なのか?原因・当事者だからです。

元々本件は、関東地方整備局にいた沓掛という人が、『 副所長クラスなら全て解決できます。 』と言って、藤田副所長が我々の所に出てきて、いろいろ決めた事が、現在守られていないのですから、やはり本人に何とかしてもらうしかありません。


そこで平成19年6月24日に役員2人が、2度目の訪問をしたのです。

藤田副所長は、前回と違い迷惑だという様な態度で出てきましたが、どうしても再確認をしなければいけないことが出来た事を話すと理解してくれました。

どうして、藤田副所長がいなくなって話が、全然違う方向にいってしまうのか。何か我々としては、ビデオとか録音したものが、ほしいことを話したのですが、『 今まで写真や記録したものが、我々に渡してあるので充分でしょう。それと地元の多くの人達に説明しているので、今ここで撮影や録音はやめてほしい 』との事、しかたなくビデオ、録音はやめました。

ところが藤田副所長が、『 今までのことを、後任に引き継いだ時に、きちんと全て「 議事録 」で残してあります。言葉だけでは、聞き間違い等が起きるから書面で残してあります。 』と言ったのです。

取り合えず収穫があったので引き上げました。

とても良い事を聞いたのですが、その議事録を手に入れるどころか、千葉国は、議事録のあることすら否定するでしょう。

でも今回の一件、藤田副所長がここまではっきりと言い切っているのです。間違いなく、きちんと報告されているのです。

有田所長と大庭所長が実行犯です。もちろんその部下たちも共犯です。


以前、このことを踏まえて千葉国に対して、書面にて抗議をしたことがあります。

その書面の中で『 ありったけの糞野郎が嘘をつき、おおばかやろうが圏央道を壊した。 』と表現したことがありますが、そのくらい我々は、激怒していたのです。

 地元役員・再度千葉国へ、再度逃げる大庭所長?  

地元役員でもう一度千葉国に行くことにしました。今回の件を、今一度話し合いで解決する気があるのか確認のためです。

平成19年7月3日に千葉国にいきました。このときにも朝早く出掛けていき、大庭所長に会うことも目的の一つです。

玄関先の喫煙所で待っていると、案の定いつもの運転手つき栗塗りの車で到着しました。

前回同様、我々を見た大庭所長は逃げるように中に入ろうとしたので『 大庭所長、いい加減に終わらせましょう。それが出来ないなら、我々は絶対に引きません。成田抗争と同じになってもいい覚悟です。 』と言ったところ前回とまったく同じで『 担当と話して下さい。 』としか言いませんでした。

全く、この程度の人間が、「 キャリア 」なのです。ガッカリしました。面と向かって話も出来ないレベルなのです。もう話す気にもなりません。

以前記したように、【 ふざけたキャリア? 】の部類です。周りがチヤホヤするからです。そして「 キャリア 」というだけで、もっと偉くなっていくのです?出来れば居なくなってほしいものです。

気配りも出来ない人間、我々よりずっと若いのです。年上に対しての礼儀も知らない若造。親の顔が見てみたいものです。

その後、加藤室長、宮内用地課長らと話し合いをしましたが、何一つ解決しませんでした。まるっきり聞く耳など無く、ただ時間がたっていくだけでした。};

もうこの連中相手では、解決する話し合いは無理だと判断して引き上げました。

 地元は最後まで戦っていく!!  

7月6日と7日に地元では、役員会を開き今後の対策を練ったのです。このままでは、今まで何度も言っている様に、ただ騙されて、良い様に利用され、こき使われただけなのです。絶対に引く訳にはいかないのです。

いくら話と言え【 地元密着型SA 】( あめ玉 )は活性化対策に繋がるものとして、地元の中で出した結論なのです。成田抗争と同じになっても戦っていく気持ちなのです。


地元が、次に起こした行動は、もう千葉国( 尻尾 )で無く、あくまでも霞ヶ関( 国交省 )が、頭なので頭に直接、抗議をしていくだけと判断したのです。

第六章  2度目の紛争 ・霞が関編 第二部

 再び地元役員が霞が関へ!  

平成19年7月13日、国交省に役員3名が出掛けて行きました。目指すは防災課です。もう国会議員は前回で役に立たないことが判っているので、直接官僚に交渉するしかありません。

今回早く着いたため、防災課の前回会えなかった、木村課長に会うことが出来ました。木村課長はもちろんキャリアでした。

そこで木村課長に今までの 経緯は、既に前回担当に話してあるので、知っているはずの事として、霞ヶ関としてきちんと対応をするよう申し入れをしました。

木村課長は、「 内容をきちんと整理します。」と言って、担当の富山課長補佐と吉沢計画係長にバトンタッチしました。そして、千葉国に対してきちんと指導するように、2時間に亘っていろいろと話をして引き上げました。

 霞が関もいい加減?真面なメンバーは何処に!  

しかし、地元に戻ってから、千葉国になんら動きがありません。


再度、平成19年7月19日に霞ヶ関に3人の役員が出掛けていきました。
もう、こうなったら、きちんと対応するまで、何十回でも出掛けるつもりでした。

そして解ったことは、霞ヶ関の国交省は、千葉国にメールで我々の来たことを伝えただけで、頭としての機能をしていなかったのです。
何故なら、我々の話を聞いた国交省の担当レベルより、千葉国の大庭所長の方が、位が上だったのです。

このままでは、東京まで2回も3回も来ているのに、何の意味もないのです。

今回は、褌を締めて掛かるつもりで来たのです。まず、防災課に行き木村課長に合うつもりでしたが、会議との事で吉沢計画係長他新人が一人応対しました。このときに土地の収用法の担当も一緒に呼んでもらいました。

もうここまで揉めていて、我々も絶対に折れないことから、圏央道を作るためには、強引にやるしかないのです。戦っていく中で『 収用法の準備 』がどこまで進んでいるかも聞きました。

『 未だこれからとの事? 』で、ひとまず安心しました。とにかく我々は嘘をつかれたままでは、協力は絶対にしない旨を伝えて引き上げました。

ここで『 未だこれから? 』を信じた為にとんでもないことが、おきる事をここでは我々には解りませんでした。


なんとなく、だらだらとして緊張感の無い話し合いだったのです。大臣クラスも駄目!議員も駄目!霞ヶ関の官僚も駄目!いったい日本は民主主義なのか?国とは、どういう組織なのか解らなくなりました。解らなくしているから「 クダラナイ人種? 」でも、キャリアになれるのです。


霞ヶ関編 第二部は、ここまでです。

実話・圏央道4は、ここまで!

この続きは
実話・圏央道5 でご覧ください。


◆ 実話圏央道シリーズは、平成17年8月に、ブログでスタートしました。
◇ その後、いろいろな経過を経て、現在のHP になっています。
◇文章にすると、なんの変哲もない、何処にでもよくあることです。

  • 国が悪さをして、庶民を犠牲にして、庶民を泣かす。
    国の立場と威厳を保つ為に、犠牲はつきものと言いますが ?・・・
  • しかしながら、我々の行動・活動も、全てそれに伴って、H4年からの19年間なのです。永い年月、
    この事に巻き込まれての、事実の話しなのです。決して他人事・作り話しでは無いのです。

◆ 【 注意 】
特に、付け加えておきますが

  • この【 実話・圏央道シリーズ 】は、事実に基づいた記録のぺージだと言う事を理解してご覧ください。
  • 個人の名誉を中傷的な表現等で、傷つけたり責めたりしているものでは、絶対にありません。
  • 世の中に、こんなに何度も何度も、騙されても騙されても、
    相手を信じて生きている人がいるという事実。
  • そんな田舎の山猿 ( 民、百姓 ) のことを、綴ったページだと解釈してください。

◇ 実話・圏央道4は、ここまでです。



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